修理する価値は誰が決めるのか
お客様から修理の相談を受けていると、
「中古で買い直した方が安いですよね」
「このカメラ、修理する価値ありますか」
という質問を受けることがあります。
そのたびに思うのですが、私はその問いに簡単には答えません。
なぜなら、修理する価値を決めるのは修理業者でも中古市場でもなく、最終的には持ち主自身だからです。
市場価格は一つの指標に過ぎない
もちろん中古相場は無視できません。
同じ修理費をかけるなら、より高価な機種を直した方が経済合理性は高いでしょう。
しかし、それはあくまで市場における評価です。
中古相場は「需要」と「供給」のバランスによって決まります。
たとえば、10万台生産され5万台が残存しているカメラであれば、8万人の需要があれば必然的に中古相場は高騰していきます。市場の原理です。
市場は「希少性」や「人気」を評価し、客観的な指標になる一方、その機械がその人や歴史にとってどんな存在なのかまでは評価してくれません。
安い機械にも歴史がある
中古市場で数千円で売られているカメラにも、その時代なりの役割があります。
当時の学生が初めて手にした一台かもしれません。
家族旅行を記録したカメラかもしれません。
あるいはメーカーが限られた予算の中で工夫を凝らして作った意欲作かもしれません。
現在の市場価格だけを見てしまうと、そうした背景は簡単に見落とされてしまいます。
物を見る目は人によって違う
同じカメラを見ても、
「ただの安物」
と見る人もいれば、
「この時代にこの機構を実現した設計者はすごい」
と見る人もいます。
さらに、
「祖父が使っていた」
という理由だけで何物にも代え難い価値を見出す人もいます。
価値とは物の中に固定的に存在するものではなく、それを見る人との関係の中で生まれるものだと思います。
自分の価値観を持つということ
最近はインターネットによって相場や評価が簡単に調べられるようになりました。
中古販売店でも商品と価格を見つつ、スマホを片手に転売する価値があるかどうかを常にチェックしている人さえあります。
しかしその一方で、
「相場が安いから価値がない」
「人気がないから駄目」
という考え方に流されやすくなったようにも感じます。資本主義に飲み込まれすぎではないですか。
本来は、
自分はどこに魅力を感じるのか。
なぜこの機械を好きなのか。
どこに価値を見出しているのか。
そうしたことを一人ひとりが考えても良いはずです。
修理とは価値観の表明でもある
メンテナンスに出すということは機械に対する愛情表現であるともいえるのかもしれません。
私は修理業者として機械を直しています。
けれど、本当に修理しているのは機械だけではないのかもしれません。
その人がその機械に見出している価値や思い入れを、もう一度使える形に戻している。
そんな仕事でもあるように思います。